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忘れられない

原発事故さえなければ…優しい母は1人寂しく逝った

[2017年3月11日19時42分]

 

東京電力福島第1原発事故が発生した当時、福島県川内村で教育長を務めていた石井芳信さん(72)の母エイさん(当時92)は、入院先の病院からの避難の途中、命を落とした。

 「(家族の)誰にも会えず1人寂しく亡くなったと思うと、申し訳ない」との思いが今も拭えないままだ。

 

エイさんは原発事故の約6年前に腰を痛め、第1原発のある同県大熊町の病院に入院していた。政府が出した突然の避難指示により、入院患者が県内を転々と避難していると聞いていたが、エイさんの安否情報はどこからも入ってこなかった。

 

川内村も全村避難を余儀なくされ、幹部だった石井さんは住民の対応に追われることに。1週間後、母が同県いわき市の高校に移されたらしいとの情報がようやく入り、妻と駆け付けた。そこには、白い布に覆われたエイさんの姿があった。

 「妻が母の顔に頬ずりし涙を流していた様子は、忘れることができない」。悔しさで、何も言葉が出てこなかった。「原発事故さえなければ、家族で囲んでみとることができたのに」

 

優しく、強い母だった。「忙しいだろうから早く帰れ。体に気をつけろ」。毎週、見舞いに行くと、いつも自分より家族の健康を気遣った。「これまでの感謝の気持ちを伝えたい」。6人の子どもを育て上げた母への思いを、福島県の遺族を代表して言葉に乗せた。

 

放射線量が比較的低かった川内村は他の自治体に先立ち、2012年1月に「戻れる人から戻ろう」と帰村宣言した。

だが帰還した住民は高齢者が多い。「若い人たちが子どもの教育問題から戻らないなど課題が多く、以前の村の姿にはほど遠い」。元教育長だけに、村の将来が気掛かりだ。(共同)

http://www.nikkansports.com/general/news/1790840.html

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子供のいる若い人たちは帰りたがらないですね。

それは致し方ない事だと割り切ることが 何時できるか??