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江島神社の弁才天像2

弁才天はもともとインドの河の神である。やがて川岸で行われる祭りを守護する女神として、さまざまな神事や芸能の神となり、また福徳神、戦闘の神としてもあがめられた。

奈良時代にもっとも重視された経典である金光明経に重要な尊格として描かれ、この時代の彫刻作例としては東大寺法華堂に伝来した塑像の弁才天立像(現在は東大寺ミュージアムに移されている)がある。8臂の姿である。

平安時代になると胎蔵曼荼羅中に登場し、その姿は2臂で楽器を持つ。

しかし平安時代には同じ女神である吉祥天ほどには信仰が広がらず、彫刻作品は残されていない。

鎌倉時代以後、2臂、8臂両方の弁才天像が多くつくられるようになった。財宝の神として弁財天と表記されることも多くなる。宇賀神という神様と習合したり、また、七福神のひとつとしても信仰された。

江島神社奉安殿では8臂と2臂の弁才天が並んで安置されている。

8臂の像は坐像で、頭に宇賀神(蛇の体、老人の頭部をつけた神様、ただし後補だが)をいただき、8本の手にはさまざまな持物をとる。この姿の像は以後たくさんつくられていくが、その早いころ(鎌倉時代なかばごろ?)の作として貴重である。かつては中津宮にまつられていたものという。

像高は約60センチ。肩にかかる髪は豊かで、ていねいなつくり。顔つきは引き締まってすがすがしく、手の配置も自然である。上半身はあまりメリハリをきかさず、脚部は自然な起伏で、おとなしくまとめる。左足を前にはずして座る。

その向かって左側に座るのが、2臂の弁才天像である。裸形像で、琵琶を持つ。厚く彩色されているが、これは修復によるものである。神社では鎌倉時代の作というが、時代の特定は難しい。かつては相当傷んでいたようだ。

修復によって美しい姿となり、妙音弁財天などともよばれ、芸能に携わる人などからの信仰を多く集めているという。